間(アイダ)specialist(研究家)加藤綾音の小さな幸せ発見記 Camping in Residence!

震災の日に思うこと…。

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2015年3月11日、東日本大震災から4年…。1月17日に書きかけていたブログを更新することにします。

2015年1月17日は阪神淡路大震災からちょうど20年。私はあの時、まだ幼稚園に通っていた。こうやって時間を振り返ってみると20年をどう捉えていいのか、不思議な気分だ。

ちょうど、大学進学を期に上京し、7年間東京で暮らした。ちょうど大学卒業の春、東日本大震災が起きた。どちらの震災も、幸い私は命に関わるような被害に遭ったわけではない。それでも確かに強い揺れを感じ、それはしっかりと記憶に残った。2度の震災を経験した…と言うと大げさだという気もする、でもそれが私の人生に全く影響を与えなかったと言ったら、嘘になる。

 

地震は、揺れだ。それは、大きな揺れだ。

ただ、その後その揺れがどんな風に人を動かし、人の心を動かしていくかは計り知れない。

 

私の心に残っているのは、幼いあの日の、その次の日の昼食がチョコレート一つだったこと。スーパーに何も無かったこと。物は、食べ物はどんな時もあるわけではない…ということ。

バスが道を通る時、地鳴りかと思ってドキっとして、何度も母にテーブルの下に連れて行かれたこと。

私の記憶に残っているのは、先生の泣く姿。普段はひょうきんな先生なのに、決して忘れられない、何年も経っているのに、思い出して涙を流す出来事もあるのだということ。

 

「思い出したくない!」と怒ったような顔で言った友達のこと。

2度目3.11の時、すぐにメールをくれた神戸の先輩のこと…。

 

小さな地震が来た時に、

「たいしたことありません。大丈夫。」という東京の人の言葉に、なぜか傷ついたこと。

 

誰も傷つけたくなくて震災に関する話題はなんとなく避けてきた気がする。

今思えば、一番自分が傷つきたくなかったのかもしれない。

今でもとても怖い。

 

その大きな揺れを、私たちは止めることができない。

自然を私たちは止めることができない。誰も責めることはできない。

だからこそ、私たちに何ができるのかが突きつけられる。

生きていることがどれだけ貴重なことかを思い出す。

 

東日本大震災の後、福島の子どもたちと共に三鷹の街で保養キャンプをした。

ものすごくパワフルな企画だった。たくさんの人に支えられた。

奇跡的な出会いもあった。たくさんあった。

それは私の人生を変えた。

 

突然、予期しなかった揺れが起こると、思い出すのだと思う。

自分の人生は予期していたように進むわけではないということを。

いつもそうなのに。忘れている。

 

いつもそうなのに…。その思いがあるから、震災の日に何かを振り返ることはあってもアウトプットして来なかった。けれど、今年は、少しこの日に書いてみようと思った。

まとまらないままの想いを。